2023年7月で開館30周年を迎えました。東急田園都市線の駒沢大学駅から徒歩10分ほど、世田谷区弦巻の閑静な住宅地の一角に建つ向井潤吉アトリエ館。戦後一貫して伝統的な草屋根民家のある風景を描きつづけたことで知られる、洋画家・向井潤吉(1901-1995)が1933年から亡くなるまで住み、創作の拠点とした場所です。
晩年、向井は「60年もの長いあいだお世話になってきた世田谷区の美術文化の発展と青少年の啓発にお役に立つことができれば」と、自ら私費を投じて自宅兼アトリエを美術館に改装し、約130点の油彩作品、約500点の水彩作品とともに世田谷区に贈りました。こうして向井潤吉アトリエ館は、1993年7月10日に世田谷美術館の最初の分館として誕生しました。
開館以来、全国各地から多くのお客様をお迎えしてきたアトリエ館。庭には武蔵野の面影を伝える雑木が繁り、館内に入るとイーゼル、絵の具箱などが置かれ、向井が愛用した安楽椅子などの民藝家具には実際に座っていただくこともできます。まるで画家のアトリエに招かれたような気持ちで、都会の喧騒からひととき離れて向井作品を味わえる空間としてご好評をいただいています。
そんなアトリエ館では現在、開館30周年を記念して「向井潤吉からの贈りもの」と題し、向井潤吉本人の自選による寄贈作品28点を特別に一挙公開しています。この28点は、アトリエ館の開館に先立つ1983年、区立美術館設置(世田谷美術館、1986年開館)の準備を進めていた世田谷区に対し、向井が大切に手許に置いていた作品のなかから選りすぐって寄贈したものです。
また、小コーナーでは、近年新たに寄託作品となった、若き日の向井がパリ留学時代にルーヴル美術館で取り組んだ模写作品の大作、ギュスターヴ・クールベ《画家のアトリエ》のほぼ実寸大の模写(部分)も公開しています。戦後の民家シリーズとはまた違った魅力をたたえる、向井が西洋の名画に真正面から挑んだ見ごたえのある作品で、寄託後の初お披露目となります。 [文:世田谷美術館 池尻豪介]
〈 館内風景 撮影:上野則宏 〉 〈 小コーナーでの新規寄託作品の展示 〉