世田谷パブリックシアター、音楽事業部、生活工房、せたがや国際交流センター、世田谷美術館、世田谷文学館が区内それぞれの拠点で、独自性と創造性に富んだプログラムを展開しています。芸術の輪を広げる活動、次世代を育む活動、地域文化を創造する活動など多彩な取り組みをご紹介します。
世田谷パブリックシアター@ホーム公演
2020/04/01更新
11年目に突入する
談:小宮山智津子(担当プロデューサー) 取材・構成:川添史子
――世田谷区内の特別養護老人ホームなどで芝居を上演する《世田谷パブリックシアター@ホーム公演》が今年11年目を迎えます。この事業がスタートしたそもそもの経緯から教えてください。
世田谷パブリックシアター開場準備室から劇場の業務に携わってきましたが、初代芸術監督の佐藤信さんの方針でもあり、スタート時から自分でも取り組みたかったのが、演劇に興味がある方だけでなく、劇場に来たことがない方たちと劇場をつなぐために何ができるかでした。例えば2003年から2011年に実施した《世田谷パブリックシアター@スクール公演》では、オリジナルの参加体験型の芝居を俳優たちとつくって世田谷区の小・中学校で上演し、子どもたちの反応もとても良かった。この手応えを踏まえて次の展開として考えたのが、劇場に足を運べない高齢者の方たちへ向けた《@ホーム公演》で、2009年に企画案をまとめ、2010年に5つの施設で試演、本格的に始動したのは2011年でした。
――まず試演されたんですね。
はい。試演段階で施設の方たちが「いつもは寝てしまう人、途中で立ってしまう人が最後まで観ていた」「見たことのない表情を浮かべていた」と、まず驚いてくださったんです。外部から人がやって来て、手が届くような場所でお芝居をする・・・・・アートを介すると、日常にはないことが可能になるんですよね。あの時、各施設の皆様が門戸を開いてくださったことで実現した事業だと感じます。
――初年度から関わるノゾエ征爾(脚本・演出・出演)さんは、ご自身の舞台作品に《@ホーム公演》での体験が生きていると話していらっしゃいます。現在では高齢者の大群集劇なども手がけていますし、アーティストへの影響も生んだ事業です。
アーティストに地域に根ざした新たな機会をつくり出すのは、公共劇場の企画制作者だからこそできること。ノゾエさんにとっても一つのチャレンジだったと思いますし、現在まで取り組む熱量に変化はありません。一回一回が真剣勝負であるという点では俳優たちにとっても通常の舞台と変わりませんし、彼らが持つ技術と集中力は場の空気を一瞬で非日常に変えられる。これは年齢に関係なく理屈なしに伝わりますし、彼らの表現に一途なところを常に信頼しています。
――10年間の変化、今後の目標について教えてください。
初年度の公演で、俳優が《ふるさと》を歌ったら、皆さんが一緒に口ずさんでくださった瞬間は印象的でしたね。それ以来ノゾエさんも必ず全員で歌える場面を入れています。施設職員さんの出演箇所もあるのですが、皆さんの演技が上手くなってきたのも変化の一つ(笑)。「今年も世田谷パブリックシアターさんが来ましたよ〜」と、各施設の皆さんの日常会話に劇場名が自然と出てくるのがうれしいですね。4、5年前からは障害者施設からも申し込みが入るようになり、自然な形で広がりが生まれています。とはいえ、やるべきことは劇場公演と同様、「興味を持っていただける作品をつくる」こと。初心に返り、気を引き締めて取り組んでいきます。
[撮影:梅澤美幸]
【お知らせ】
6月に上演を予定していた「あっとホーム公演」は、新型コロナウイルス感染症の拡散防止のため、本年度の公演を中止することといたしました。
公演を楽しみにしてくださっていた施設の利用者さま、職員のみなさまには大変申し訳ありません。
一日も早い収束を祈るとともに、また「あっとホーム公演」でお会いできる日を楽しみにしています
世田谷パブリックシアターHP@ホーム公演
職場体験のご報告
2019/12/02更新
〈巻子の取り扱い訓練2015年〉
世田谷文学館
中学生学芸員の活躍
2006年度から、当館は世田谷区立中学校の「職場体験」プログラムに参加しています。これまでの13年間で135名(2019年10月末現在)を受け入れました。中学2年生が体験する職種は、博物館の事業運営を担う学芸員の仕事が中心となります。図書資料の整理や、展示と催事のお手伝い、そして受付での接客など、実際の業務を体験します。近年では展示資料の解説文作成や、大学生との共同実習など、内容も多岐に亘っています。
スタッフにとっても、大切な体験
職場体験は、私たちスタッフにとっても特別なものです。1人ひとりとの出会いには、それぞれ物語がありますが、今回、思い出深い活動をご紹介します。
それは、支援プログラムで特別にご一緒した、中学3年生との活動です。作業は、納品された冊子の見返しにDVDを貼って、「小中学生向け事業」の報告書を完成させる内容でした。初日、作業が単調なためか、2人の緊張感は乏しくなり、作業効率が落ちていきました。そこで翌日は「その都度小分けに渡される材料を、時間計測しながら組み立てる」、「良いアイディアを思いついたら試してみる」をルールに再開したのです。作業を区切り、時間を計ることで緊張を促し、業務の効率化を図れると考えたのです。「次の材料をください!」。開始早々、張り切って1回目のノルマを達成したのは、B君でした。前日には「今日は、天気予報で午後から雨だって。〇君は傘を持ってでかけたかな?」と、作業に身が入らず空ばかり眺めていた彼は、仕事に熱意を持ち始めたのです。勿論A君も、回を追うごとにそのスピードを速めていきました。
2人の作業に差が生じ始め、そろそろルールを解除しないといけないと感じた時でした。「はい、出来ました。自分の分をやらずに、次はA君を手伝ってもいいですか?」……。B君は、自分で最も良い方法を考えたのです。単純労働の競争が善意の奉仕へと、職場体験が質的変化した瞬間でした。目の前には報告書とDVDと両面テープ。ただ、テープを貼るという行為の中に、様々な気づきが隠されていました。「実験して、ごめんね。次は昨日みたいに、一緒に楽しくやろうね」、「うん。でも、今日も午後から雨だって、X君大丈夫かな?」。その後は会話を楽しみながらも、当初は無理であろうと思われていた目標500点の作業を完了することが出来ました。仕事を通じて人が輝けることを、職場体験の中学生は教えてくれます。私は空を見上げると、彼らの笑顔を思い出します。 [文:世田谷文学館 佐野晃一郎]
せたがや和の音楽祭
2019/12/02更新
<音楽事業部 2020カウントダウンコンサート>
東京2020へ向けて、カウントダウン!
アメリカ合衆国のホストタウン・共生社会ホストタウンとして、また馬術競技開催の地として大きな役目を担っている世田谷区が、東京2020大会を「音楽の力で盛り上げていこう!」とカウントダウンコンサートを開催しました。
世田谷区から日本文化の魅力を発信。会場は熱気に包まれました。
エネルギー溢れる太鼓のリズム
舞台に明かりが照らされると、ステージに並べられたたくさんの和太鼓と子どもたちの姿が。「ソーレッ!」という掛け声とともに『千の海響』(林英哲作曲)の演奏がスタートし、太鼓の豪快なリズムとともにコンサートの幕が開きました。
「Setagaya太鼓塾」は、和太鼓への情熱をもった世田谷区の子どもたちが、東京2020を応援しようと「キックオフコンサート」(2020年7月開催)出演を目標にした3年間プロジェクトです。小学5年生から高校生まで総勢68名の子どもたちによる和太鼓の音は大迫力!体の芯までその振動が伝わってきます。
実は、Setagaya太鼓塾にとってはこれが初舞台。一人ひとりが大きな拍手を受け、これまで一生懸命積み重ねてきたことを披露できた、と充実感あふれる表情が舞台袖ではたくさん見受けられました。
東京2020、そして未来への挑戦
東京2020を1年後に控え、保坂展人世田谷区長が、林英哲Setagaya太鼓塾塾長や吉越奏詞選手(パラリンピック馬術)、寺田明日香選手(陸上競技)とともに、未来への挑戦について熱い意見を交わしました。
生まれつき脳性まひを抱えた吉越選手は、治療の一環として行ったホースセラピーで馬と出会い、そこから馬術競技の道へ進み、大会出場を目指しています。
また、寺田選手は、ハードルで数々の成績を残すも相次ぐけがや病気で一度は現役を引退。しかし、現在は「ママさんアスリート」として大会を目指し、9月には日本新記録をマークしています。
Setagaya太鼓塾で和太鼓指導を行ってきた林英哲塾長は、「太鼓奏者はアスリートに近い」「和太鼓は身体全体が楽器の一部となるため、入念な準備運動が必要」というお話も。和太鼓とスポーツ、似ている部分が非常に多くあるようです。
こうした各方面で活躍されているゲストの方々のお話は、大変貴重なものであると同時に、東京2020に対する期待をより一層膨らませるものでした。
力強さと華やかさで締めくくられたエンディング
林英哲塾長、英哲風雲の会による演奏が始まると、空気が一変。圧倒的な響きと洗練されたパフォーマンスで会場はピリッとした緊張感に包まれました。
そして、いよいよ今回のメインであるSetagaya太鼓塾と東京都市大学付属中学校・高等学校吹奏楽部によるスペシャルなコラボレーション。作曲家・宮川彬良氏がこの日のために、冒頭で演奏した『千の海響』のブラスバンドのパートを書き下ろしました。和太鼓と吹奏楽の異色の組み合わせは大きな相乗効果を生み、和太鼓の力強さと吹奏楽の華やかさでステージのボルテージは最高潮に!観客を圧倒する熱い1日が幕を閉じました。
さあ、みんなで応援しよう!
東京2020は、もうすぐそこ。この世界規模の祭典が、身近な場所で開催される幸運と感動を、多くの方々と分かち合っていきたいと思います。Setagaya太鼓塾の集大成である下記コンサートで盛り上がり、東京2020を一緒に楽しみましょう! [文:佐藤根真愛(公演制作担当)]
〜2020キックオフコンサート〜
「 和のこころ Ring of Peace 」●2020年7月5日(日) 昭和女子大学人見記念講堂
※予定していたコンサートは新型コロナウイルスの影響で、中止となりました。
Setagaya 太鼓塾
2019/08/01更新
<音楽事業部>
世田谷から世界に向けて 子どもたちの和太鼓が響く!
東京2020を応援したい!「Setagaya 太鼓塾」では、子どもたちが集まって、世界に知られる太鼓奏者、林英哲塾長のもとで太鼓の練習に励んでいます。2020年に世田谷区主催「2020せたがやキックオフコンサート」で和太鼓を披露するため、18年から3年かけて行っているプロジェクトです。
現在は、今年8月12日に開催する「〜2020カウントダウンコンサート〜せたがや和の音楽祭」に向けて猛練習中。
2人の参加者から、和太鼓にかける思いを聞きました。話してくれたのは、村上一樹君と小西拓翔君、ともに小学6年生です。
≪ 塾長・講師から ≫
林英哲 塾長 「和太鼓を経験した子は、自分を表現するようになったり、積極的になったりということがよくありますが、最終目標やイメージを押しつけず、のびのびと叩いてもらっています。僕らが身体で見せて、身体で伝えるものを、自然に受け止めてくれればいい。太鼓塾は自らやりたいという子どもたちが集まってきているので、よく頑張っています。期待してください。」
田代誠 講師 「練習を重ねるうち、みんな心を開いて、いい雰囲気になってきています。子どもたちが自発的に参加した気持ちをくみ取って、ステージでベストな表現ができるように後押ししていきたいです。」
辻祐 講師 「『令和面太鼓』という、即興で太鼓を叩く演目が子どもたちは大好きで、悩みながらも自分なりに考えて、挑戦しています。その生き生きした姿を見ていると、成長しているなと感じます。」
[取材・文:北島章子] [撮影:松谷靖之]
届け、美術とふれあう楽しさ!
2019/04/12更新
美術鑑賞教室 向井良吉作《花と女性》(1969年)の前で
世田谷美術館の出張授業とインターン実習
2018年秋。とある区立小学校の4年生の図工の授業を覗くと、すまし顔をしつつも張り切った子どもたちを前に、微笑みと堅い面持ちを同居させ、教壇に立つ若者の姿が。そう、世田谷美術館の「出張授業」です!
当館では長年、区立全小学校の4年生を「美術鑑賞教室」に迎え、館内を巡る美術館体験を実施する一方で、希望校には、鑑賞予定の所蔵品を中心に紹介する「出前授業」を、事前(時に事後)に行います。この授業を行うのは、東京学芸大学の主に3年次に在籍する当館インターン実習生たちです(毎年約10名)。彼らは美術館で毎週行う勉強会で、担当学芸員らと共に授業案の検討と改善を重ねています。
本稿にご紹介する出張授業では、アルミニウム鋳造のレリーフ作品・向井良吉作《花と女性》(1969年)をテーマに、まず、「レリーフ」という造形表現の解説を交えながら作品図版を鑑賞しました。次に、アルミホイルを手に文房具等の日用品(自分たちの手や顔も!)の型どりをして小さなレリーフを各自工作した後に、全員の作品を黒板に掲げて鑑賞タイムを堪能!
「美術鑑賞教室」の当日には、授業担当の学生らと再会し笑顔を交わす児童もいました。館内を巡るなか、美術館の地下にある創作の広場に設置された《花と女性》を鑑賞しに来た子どもたち。広場の壁全面をほぼ覆う銀色に煌めく壮麗なレリーフの前で佇んだのち、その作品全体に浮き出ている色々なモチーフや、装飾的な細部一つひとつを目で追い、発見します。少し離れて、作品全体もじっくり鑑賞。
インターン実習生と学校との連携により、肩ひじをはらずに美術と出会う楽しい時間を、今後も子どもたちに届けていきたいと思います。 [文:矢野ゆかり(世田谷美術館学芸部普及担当学芸員)]